第7話:【前工程・材料編】微細化の命綱「EUVマスク」「フォトレジスト」「研磨剤」(HOYA、JSR、フジミインコーポ)

第6話では、半導体の土台となるウェハーと、工場を動かすインフラについて解説しました。
第7話からは、そのウェハーの上にナノメートル(10億分の1メートル)単位の極小の電子回路を描いていく「前工程(まえこうてい)」に入ります。

半導体の性能向上は「回路の線をいかに細く描けるか(微細化)」にかかっています。この極限の微細化を物理的・化学的に可能にしているのが、特殊な「消耗材料」です。本稿では、この前工程の材料分野において、日本企業が高い世界シェア(寡占状態)を維持している3つの事実について解説します。

1. 回路の原画「EUVマスクブランクス」の事実上の複占

半導体の回路は、ウェハーに直接ペンで描くわけではありません。光を使って、スタンプのように回路の図面をウェハーに転写(露光)します。この時、光を通す「原画(ステンシル)」の役割を果たすのがフォトマスクであり、そのフォトマスクの「素材(ガラス板)」となるのがマスクブランクスです。

現在、最先端の半導体製造には、極端紫外線(EUV)という波長の非常に短い光が使われています。このEUVリソグラフィ向けマスクブランクスの世界市場は、日本の2社で全体の90%〜95%以上を寡占している状態です。

【市場シェア】

  • HOYA(7741):世界シェア約70%〜80%
    市場の圧倒的なリーダーです。熱膨張が極めて少ない特殊なガラス上に、数十層の薄膜を欠陥ゼロで成膜する技術において世界トップの競争力を持ち、最先端プロセス(3nmや2nm世代など)において事実上の標準となっています。
  • AGC(5201):世界シェア約15%〜20%
    HOYAに次ぐ第2位。自社のガラス材料技術を活かしてEUV向けマスクブランクスの生産能力を拡大しており、世界の主要な供給元として機能しています。

【市場が寡占状態にある理由(高い参入障壁)】

EUVマスクブランクスは、ナノレベルの回路パターンを焼き付ける「原版の土台」となるため、極限の平坦性と「原子レベルでの無欠陥(ゼロディフェクト)」が求められます。この高度な材料開発、真空成膜技術、そして長年蓄積された品質管理ノウハウに対する技術的な参入障壁が極めて高いため、新規参入が非常に困難です。

【市場規模と成長予測】

  • 現在の市場規模(2024〜2025年):約3億〜8億米ドル(約450億〜1,200億円)
  • 将来の予測(2031〜2035年):約6億〜19億米ドル(約900億〜2,800億円)へと拡大
  • 年間平均成長率(CAGR):約10%〜16%の高水準

※調査機関により幅はありますが、共通して「今後5〜10年で市場規模が2倍〜3倍以上に急拡大する」という見方で一致しています。なお、韓国のS&S Techや米国のApplied Materialsなどが市場参入を進めていますが、現状では日本の2大巨頭による複占状態が続いています。


2. 光に反応する薬品「フォトレジスト」の市場シェアと寡占の背景

原画(マスク)を通して光を当てる際、ウェハーの表面にはあらかじめ「光に反応して溶ける(または固まる)特殊な薬品」を塗っておく必要があります。カメラのフィルムの役割を果たすこの化学薬品をフォトレジスト(感光性樹脂)と呼びます。

【市場シェア】

  • 東京応化工業(4186):世界シェア約25%〜26%(首位)
    市場のトップランナーであり、特に次世代のEUV用フォトレジストにおいて圧倒的な競争力を誇ります。
  • JSR(非上場):世界シェア約20%超(第2位)
    東京応化と首位を激しく争う大手。最先端領域に強みを持ちますが、2024年にJIC(産業革新投資機構)の買収により上場廃止となりました。
  • 信越化学工業(4063) ArFレジストなどの先端品で高い競争力を持ちます。
  • 住友化学(4005) / 富士フイルム(4901) ともにArFやKrFレジスト等の電子材料事業を強化し、上位陣の一角を占めています。

【市場が寡占状態にある理由(高い参入障壁)】

フォトレジストは、光の波長(EUVやArFなど)に合わせて数千種類の化学物質をナノレベルで調合する「究極のすり合わせ(レシピ)技術」が求められます。さらに、採用されるには露光装置(1台数百億円)を使った膨大なテストが必要であり、半導体メーカーと長年共同開発してきた日本企業の化学的ノウハウに他国が追いつくのは極めて困難です。

【市場規模と成長予測】

  • 現在の市場規模(2024〜2025年):約53億米ドル(約8,000億円)
  • 将来の予測:AI半導体需要の拡大に伴い、2030年にかけてさらなる成長が見込まれる
  • 日本企業のシェア:上位5社(上記)のみで世界シェアの約90%を占める

※海外勢の動向:米国のDuPont(デュポン)や韓国のDongjin Semichem(ドンジンセミケム)、ドイツのMerck(メルク)などが追随していますが、特定の高性能品(EUV用など)においては日本勢なしでは製造が困難なレベルの牙城を築いています。


3. 回路を平らに削る研磨剤「CMPスラリー」の市場構造

ウェハー上に回路を一層作ると、表面にわずかな凸凹ができます。現代の半導体はこの回路を何十層にも積み重ねていくため、一層ごとに表面を「鏡のように真っ平らに削る」必要があります。
この研磨工程(CMP:化学的機械的研磨)において使われる、細かいナノ粒子と化学薬品が混ざった特殊な液体がCMPスラリー(研磨剤)です。

【市場シェア】

  • フジミインコーポレーテッド(5384)
    シリコンウェハーそのものを磨く「一次研磨(超精密研磨剤)」において世界シェアの大部分(約80%超)を握る圧倒的トップ。半導体デバイスの回路を削るCMPスラリーでも高い競争力を維持しています。
  • レゾナック・ホールディングス(4004)(旧・昭和電工マテリアルズ):
    半導体の回路形成プロセスにおいて、特定のCMPスラリー(セリア系など)で世界トップクラスのシェアを持ちます。
  • 海外の巨人(Entegris / DuPontなど):
    米国のEntegris(旧CMC Materialsを買収して巨大化)などがタングステン研磨等の領域で巨大なシェアを持っており、日本勢と米国勢が用途ごとに市場を棲み分けています。

【市場が寡占状態にある理由(高い参入障壁)】

微細な回路を傷つけずに(ナノレベルの傷すら許されない)、削る対象(金属や酸化膜など)だけを「化学的に溶かしながら、物理的に削り取る」という相反する技術が求められます。研磨粒子の均一性や、ウェハーごとのスラリー配合バランスのノウハウが命であり、一度半導体メーカーの製造ラインに組み込まれると他社製品への変更が極めて難しい(高いスイッチングコスト)という事実があります。

【市場規模と成長予測】

  • 現在の市場規模(2024〜2025年):約20億〜30億米ドル(約3,000億〜4,500億円)
  • 将来の予測(2032〜2034年):約40億〜50億米ドル(約6,000億〜7,500億円)へと拡大
  • 年間平均成長率(CAGR):約6.5%〜8%

※投資家が知るべき事実:半導体の微細化が進み、回路が何十層、何百層(3D NANDなど)と積み重なる「3次元化」が加速するほど、この「削って平らにする(CMP)」工程の回数が爆発的に増えるため、スラリーの消費量も比例して伸び続けるという強力な継続課金(リカーリング)構造にあります。

これらの「材料」は、半導体工場が稼働し続ける限り毎日消費されるリカーリング(継続課金)型のビジネスモデルです。製造装置のように「工場が建つ時だけ売れる」のではなく、生産量に比例して安定した収益を生み出し続けるという点が、投資判断において重要な事実となります。

続く第8話では、これらの材料を使って、実際にウェハーを洗浄し、回路を削り出し、成膜を行う「前工程の製造装置」の世界に迫ります。日本の株式市場における売買代金の主役たちが登場します。