第6話:【オプション戦略】クレジットスプレッドとは?損益分岐点と安全な「売り」の手法
第1章では、オプションの「買い」と「売り」の仕組みや、時間的価値(セータ)、恐怖指数(IV)といった価格を動かす基本ルールを解説しました。
これらの知識を踏まえると、オプション市場において、相場が動かなくても時間的価値を日々かすめ取ることができる「売り手(胴元)」が統計的に圧倒的有利であることは間違いありません。
しかし、第2話でも触れた通り、単なるオプションの売り(ネイキッド・ショート)は「利益限定・損失無限大」という恐ろしい爆弾を抱えています。万が一、相場が予想に反して大暴走(踏み上げ等)を引き起こせば、個人投資家の資金など一瞬で吹き飛び、追証(借金)を抱えて退場することになります。
では、資金力のない個人は、有利なはずの「売り」を諦めるしかないのでしょうか?
結論から言えば、「損失を完全に限定しながら、胴元のメリット(勝率の高さとタイムディケイ)だけを享受する」という魔法のようなポジション構築法が存在します。
それが、プロのオプショントレーダーが最も多用する基本戦略「クレジット・スプレッド」です。本記事では、その具体的な組み方と「本当の損益分岐点」、そしてこの戦略が抱える唯一の弱点を解説します。
クレジットスプレッドとは?(損失を限定する「売り」戦略)
クレジットスプレッドとは、「オプションを売ると同時に、それよりも現在値(ATM)から遠い(さらにOTMの)オプションを買う」という複合ポジションのことです。
ATMに近いストライク(権利行使価格)の方がプレミアムが高いため、ポジションを組んだ瞬間に「差額分の現金」を先に受け取った状態になります。
簡単に言えば、「自分自身が保険会社(売り手)になって高い保険料を受け取るが、万が一の大災害(大暴落・大急騰)で会社が倒産しないように、自分も別の安い保険(買い)に入ってバリアを張っておく」という最強の防衛戦略です。
クレジットスプレッドには、相場の下落を防ぐ(底に期待する)「ブル・プット・スプレッド」と、上昇を防ぐ(壁に期待する)「ベア・コール・スプレッド」の2種類があります。
【実例計算】ブル・プット・スプレッドの組み方と損益分岐点
例えば現在の日経平均が61,000円の時、「いくらなんでも60,000円までは下がらないだろう(ブル目線:強気)」と予想したとします。
ここで、単に60,000円のプットを売るのではなく、以下の2つの注文を「同時」に発注します。
- 【売り】 60,000円のプットを 150円 で売る(+15万円の受け取り)
- 【買い】 59,000円のプットを 50円 で買う(-5万円の支払い)※安全装置
差引の受取プレミアム(最大利益): 150円 - 50円 = +100円(実額+10万円)
SQ日の損益シミュレーション(5つのゾーン解説)
図解の①〜⑤の各ゾーンにおいて、SQ日(満期)を迎えた場合の損益がどう変化していくのかを順番に見ていきましょう。
① 最大損失ゾーン(日経平均が59,000円以下で大暴落)
予想が完全に外れた「大敗北」のパターンです。
もし「売り」しか持っていなければ、損失は底なしに拡大していました。しかし、59,000円の「買い」を入れていたおかげで保険が発動します。どれほど日経平均が暴落しようと、最大損失は「スプレッドの幅(1,000円)- 受取プレミアム(100円)= 900円(実額-90万円)」に完全に固定(ロック)されます。
② 損失変動ゾーン(日経平均が59,000円〜59,900円)
予想方向には反しているものの、最大損失には至っていない状態です。
例えば59,500円で着地した場合、60,000円プットの売りで500円(50万円)の損失が出ますが、最初に受け取ったプレミアム10万円があるため、実質の損失は「-40万円」となります。日経平均が上に向かって59,900円に近づくにつれて、損失は0円に向かって減っていきます。
③ 損益分岐点:BEP(日経平均が59,900円ピッタリ)
このポジションの損益分岐点(BEP)は、「売った権利行使価格から受取プレミアムを引いた価格」になります。
【 損益分岐点: 60,000円 - 100円(受取分) = 59,900円 】
この価格で着地した場合、60,000円プットの損失(-10万円)と、最初の受取プレミアム(+10万円)が完全に相殺され、損益は「プラスマイナスゼロ(引き分け)」となります。
④ 利益変動ゾーン(日経平均が59,900円〜60,000円)
ここからは「プラス(勝ち)」の領域です。
例えば59,950円で着地した場合、60,000円プットの売りで50円(5万円)の損失が出ますが、最初の受取プレミアム10万円が上回るため、差し引きで「+5万円の利益」が残ります。当初の予想より少し下がってしまっても利益になるのが、売りの最大の強みです。
⑤ 最大利益ゾーン(日経平均が60,000円以上で着地)
予想的中となる「完全勝利」のパターンです。
60,000円のプット売りも、59,000円のプット買いも、どちらもストライクに届かず権利消滅(価値ゼロ)となります。
あなたは最初に受け取った差額のプレミアム「+10万円」をそのまま利益として総取りします。(※60,000円ちょうど、あるいはそれ以上ならどれだけ値上がりしても利益は10万円のままです)。
【実例計算】ベア・コール・スプレッドの組み方と損益分岐点
今度は逆に、「60,000円は絶対に超えないだろう(ベア目線:弱気)」と考えた場合です。(現在の日経平均は59,000円とします)
相場の上昇(踏み上げ)を防ぐために、以下の2つの注文を同時に発注します。
- 【売り】 60,000円のコールを 150円 で売る(+15万円の受け取り)
- 【買い】 61,000円のコールを 50円 で買う(-5万円の支払い)※安全装置
差引の受取プレミアム(最大利益): 150円 - 50円 = +100円(実額+10万円)
SQ日の損益シミュレーション(5つのゾーン解説)
図解の①〜⑤の各ゾーンにおいて、SQ日(満期)を迎えた場合の損益がどう変化していくのかを順番に見ていきましょう。
① 最大利益ゾーン(日経平均が60,000円以下で着地)
予想的中となる「完全勝利」のパターンです。
60,000円のコール売りも、61,000円のコール買いも、どちらもストライクに届かず権利消滅(価値ゼロ)となります。
あなたは最初に受け取った差額のプレミアム「+10万円」をそのまま利益として総取りします。(※どれだけ暴落して下がっても利益は10万円のままです)。
② 利益変動ゾーン(日経平均が60,000円〜60,100円)
予想の壁(60,000円)は突破されたものの、まだプラスの領域です。
例えば60,050円で着地した場合、60,000円コールの売りで50円(5万円)の損失が出ますが、最初の受取プレミアム10万円が上回るため、差し引きで「+5万円の利益」が残ります。
③ 損益分岐点:BEP(日経平均が60,100円ピッタリ)
このポジションの損益分岐点(BEP)は、「売った権利行使価格に受取プレミアムを足した価格」になります。
【 損益分岐点: 60,000円 + 100円(受取分) = 60,100円 】
この価格で着地した場合、60,000円コールの損失(-10万円)と、最初の受取プレミアム(+10万円)が完全に相殺され、損益は「プラスマイナスゼロ(引き分け)」となります。
④ 損失変動ゾーン(日経平均が60,100円〜61,000円)
BEPを超え、マイナスに転落した状態です。
例えば60,500円で着地した場合、60,000円コールの売りで500円(50万円)の損失が出ます。最初に受け取ったプレミアム10万円を差し引いても、実質の損失は「-40万円」となります。日経平均が上がるにつれて損失が拡大していきます。
⑤ 最大損失ゾーン(日経平均が61,000円以上で大暴騰)
予想が完全に外れた「大敗北」のパターンです。
もし「売り」しか持っていなければ、踏み上げによる損失は青天井でした。しかし、61,000円の「買い」を入れていたおかげで保険が発動します。どれほど日経平均が暴騰しようと、最大損失は「スプレッドの幅(1,000円)- 受取プレミアム(100円)= 900円(実額-90万円)」に完全に固定(ロック)されます。
クレジットスプレッドの「唯一の弱点」と勝つための条件
クレジットスプレッドは「損失限定」という絶大な安心感をもたらしますが、冷静に数字を見るとあることに気づくはずです。
それは、「利益10万円に対して、最大リスク90万円」という、リスクリワード(損益比率)が非常に悪い勝負であるということです。
コツコツと10万円ずつ勝っても、1回のドカン(最大損失)で9回分の利益が吹き飛んでしまいます。この不利なリスクリワードを補って余りある「圧倒的な勝率」を叩き出さなければ、この戦略はトータルでマイナスになってしまいます。
「じゃあ、どうやってその圧倒的な勝率を担保するのか?」
ここで必要になるのが、個人の勘やチャートのテクニカル分析だけではなく、相場を力ずくで動かしている「海外機関投資家の手口(壁)」の背後に隠れるという戦略です。
アムロやGSの「防衛ライン」に便乗する
例えば、手口分析(次章で詳しく解説します)をした結果、「アムロ(ABNクリアリング)が55,000円のプットを大量に売っている(=55,000円より下には行かせたくない)」というデータを見つけたとします。
アムロは自らの損失を防ぐため、日経平均が55,000円に近づいてくると、莫大な資金を使って日経225先物を買い支え、相場を力ずくで押し返そうとします。このプロの防戦買いが、相場における強固な「底(サポート)」になります。
あなたはこの情報を見て、「アムロが死守する55,000円の底に便乗して、自分も同じ55,000円(あるいは安全を見て54,500円など)にブル・プット・スプレッドを組む」のです。
するとどうなるか。あなたは一銭も使うことなく、機関投資家の莫大な資金力(防戦買い)にタダ乗りして守ってもらいながら、あとは時間が経過して時間的価値が削り落とされるのを待つだけで良いのです。
まとめと次回予告
- クレジットスプレッド: 手前のオプションを売り、遠くのオプションを買うことで、初期費用ゼロ(受取超過)でポジションを組む。
- 最大のメリット: 売り(胴元)の圧倒的な勝率と、タイムディケイの恩恵を受けながら、最大損失を完全に限定(ロック)できる。
- 損益分岐点の計算: 売った価格から、受け取ったプレミアム分だけ「猶予」が生まれる。
- 必須条件: リスクリワードの悪さをカバーするため、「強固な壁」を見つける必要がある。
このクレジットスプレッドをマスターすれば、夜も眠れないようなネイキッド売りの恐怖から解放され、プロと同じ「確率論に基づいたトレード」が可能になります。
次回【第7話】では、クレジットスプレッドとは真逆の戦略。少ない資金でリスクを限定しながら、相場が大きく動いた時の「暴走」を利益に変える攻撃的な買い戦略、「デビットスプレッド」の組み方を解説します。お楽しみに!
