第15話:SQ週(魔の水曜日)の戦い方とは?タイムディケイとロールオーバーから相場を読む
本連載もいよいよ第4章に突入します。
ここでは、オプション市場のすべての建玉が強制的に決済される運命の1週間、「SQ週」に起きる相場の力学について解説します。
第3章までで学んできた手口データが最も激しく動き、相場が乱高下しやすいこの特殊な期間の構造を確認しておきましょう。
SQ(特別清算指数)と「魔の水曜日」
日経225オプション取引は、毎月第2金曜日の朝に算出される「SQ値」によって、すべての建玉の最終的な損益が強制的に確定します。
このSQ算出日が属する1週間を「SQ週」と呼びます。
SQ週において、特に相場が荒れやすいと言われているのが「魔の水曜日」です。
- 木曜日は取引最終日: 現在の限月(げんげつ=取引対象の月)のオプションが取引できるのは、SQ前日の木曜日までです。
- 水曜日が実質的な最終調整日: 木曜日の引け間際になってから巨大な建玉を決済したり、ヘッジの先物を売買したりすると、市場の流動性が足りずに思わぬ価格で約定してしまうリスクがあります。
そのため、巨大な建玉を持つ海外機関投資家などのプレイヤーは、遅くとも水曜日あたりをメドに最終的なポジション調整(決済やヘッジ作業)を行う傾向があります。これが、SQ週の水曜日に突発的なボラティリティ(変動率)が発生しやすい構造的な要因の一つです。
タイムディケイ(時間的価値)の急速な剥落
SQ週の相場を複雑にしているもう一つの要因が、オプション特有の性質である「タイムディケイ(時間的価値の減少)」です。
オプションの価格(プレミアム)は、SQの日が近づくにつれて、1日ごとに価値が減少していきます。そしてSQ週に入ると、現在値から遠く離れたストライク(アウト・オブ・ザ・マネー)のオプション価格は、加速度的にゼロに向かって下落します。
この力学により、SQ週には買い手と売り手で全く異なる行動原理が働きます。
- オプションの買い手: 時間が経つだけで価値がゼロになってしまうため、「早く相場が動いてくれないと困る」状態になります。見切りをつけて決済するか、急変動に賭けることになります。
- オプションの売り手: 相場が今の価格帯に留まってくれれば、時間経過によって利益が確定します。「相場を特定の範囲内に収めたい(防衛したい)」という行動に出やすくなります。
この「動かしたい勢力」と「守りたい勢力」の思惑がタイムリミットに向けて激突するため、相場の難易度は極めて高くなります。
次限月への「ロールオーバー(乗り換え)」
SQ週の手口データを見る際、「ロールオーバー」という動きに注意する必要があります。
機関投資家は、SQで今のポジションをただ清算して終わるわけではありません。「今の月のポジションを決済すると同時に、次の月の同じようなポジションを新規に建てる」という操作を行うことが多々あります(例:3月限を決済し、4月限を建てる)。
- 期近(現在の月)の建玉が急速に減少する。
- 期先(次の月)の建玉が急速に増加する。
SQ週に期近の建玉が大きく減っていても、それが「方向感を諦めた決済」なのか、単に「次の月へ引っ越し(ロールオーバー)しただけ」なのかを見極めるには、期先のデータも併せて確認する必要があります。
【特別付録】オプション市場が牙を剥いた「歴史的事件」
SQ週の解説の最後に、第3章で解説した「オプションの売り」がいかに恐ろしいリスクを孕んでいるか、そして相場をどれほど破壊する力を持っているかがわかる歴史的な事件を3つ紹介します。
事件1:ブラックマンデーと「ポートフォリオ・インシュアランス」(1987年)
1987年10月19日、NYダウが1日で22.6%も暴落した歴史的事件です。この世界的な大暴落の主犯と言われているのが、当時の最新金融工学であった「ポートフォリオ・インシュアランス」です。
これは「株価が一定水準まで下がったら、機械的に先物を売ってヘッジする(合成プットを作る)」という自動プログラムでした。株価が下落したことでこのプログラムが一斉に発動し、先物に膨大な売り注文が殺到。その先物売りがさらなる現物株の下落を呼び、またプログラムが売りを出すという無限ループに陥りました。
第13話・第14話で解説した「デルタヘッジによる先物売りの連鎖(ナイアガラ・ドミノ倒し)」が、市場全体を巻き込んで大暴走した究極の事例です。
事件2:天才投資家ビクター・ニーダーホッファーの破綻(1997年)
ジョージ・ソロスの右腕とも呼ばれた天才トレーダーが、1997年のアジア通貨危機の余波で一発退場となった事件です。
彼の手法は「S&P500の、現在値から遠く離れたOTM(アウト・オブ・ザ・マネー)のプットを大量に売る」というものでした。「ここまで暴落するわけがない」という確率論を盾に、プットの売り代金(プレミアム)をコツコツと稼ぐ戦略です。
しかし、10月に起きた予想外の大暴落によって、売っていたプットがイン・ザ・マネー(損失状態)へと急変しました。証拠金は一瞬で吹き飛び、ファンドは破綻。オプションの売りが「巨大なブルドーザーの前で小銭を拾うようなもの」と表現される際の、最も有名な教訓となっています。
事件3:VIXショック(2018年)
アメリカ市場で起きた、ボラティリティ(変動率)に関する大暴落事件です。当時、市場は長らく平穏な状態が続いており、「VIX指数(恐怖指数)は上がらないだろう」と考えた投資家たちが、こぞってVIXをショート(売る)する商品に投資していました。
しかし2018年2月、米国の長期金利上昇をきっかけに株価が急落し、VIX指数が1日で約2倍に急騰しました。これにより、VIXをショートしていた商品(XIVなど)は一瞬にして価値の90%以上を失い、早期償還(事実上の紙屑)へと追い込まれました。平穏な相場に慣れきった「ボラティリティの売り」が、いかに脆弱であるかを見せつけた事件です。
次回:生き残るための「絶対的なリスク管理」
手口データの読み方から、オプションが引き起こした歴史的な大暴落までを見てきました。相場の裏側を知れば知るほど、オプション取引における「リスク管理」がいかに重要かが見えてくるはずです。
次回の【第16話】は、いよいよ本連載の最終回となります。
「オプション取引の証拠金(SPAN)とは?追証(退場)を防ぐ絶対的なリスク管理術」について解説します。どれだけ手口分析ができても、ここで躓けばすべてを失います。最後まで気を引き締めていきましょう。
