第7話:最大の敵は「自分の感情」である(長期投資の哲学)
全7回にわたってお届けしてきた資産形成講座も、今回が最終回です。
これまでの解説で、あなたは「安い手数料のネット証券」で「全世界の株式に分散」し、「NISAの非課税枠」を使って「毎月定額を自動で買い続ける」という、現在考えうる最も合理的な仕組みを構築しました。
口座や設定といった仕組みの構築は完了しました。しかし、過去のデータを見ると、途中で投資をやめてしまい、結果的に損をして市場から退場していく人が後を絶ちません。
なぜでしょうか。それは、投資における最大の敵が、相場の変動でも税金でもなく、「自分自身の感情(恐怖と欲望)」だからです。
1. 暴落は予測不可能なタイミングで起こり得ること
私たちがこれから20年、30年と積立投資を続けていく中で、一つの確実な事実があります。
それは、「資産が半分近くに減ってしまうような大暴落が起こり得る」ということです。
ITバブル崩壊、リーマンショック、コロナショックなど、過去の歴史が証明している通り、資本主義経済は必ず定期的な後退と暴落を繰り返しながら成長していきます。「いつ暴落するか」を正確に当てることは誰にもできませんが、「長期的に見れば暴落は起こり得る」というのは逃れられない事実です。
2. 暴落時に人間が陥る「致命的な罠」
あなたの証券口座の資産が1,000万円まで育っていたとします。ある日、世界的な経済ショックが起き、毎日数十万円、数百万円という単位で資産が減っていきます。テレビやSNSでは「資本主義の終焉」「100年に一度の危機」と煽り立てます。
口座残高が500万円になった時、人間の脳は恐怖に耐えきれなくなり、最も非合理的な行動をとります。
「これ以上損をしたくない。一旦すべて売却して現金に戻し、底を打ってからまた買おう」
【事実】「底で買い直す」という予測はめったに当たらない
「まだ確定していない評価損だから実際の損ではない」などと現実逃避をしてはいけません。あなたの資産が半減しているのは残酷な事実です。しかし、ここで底を打ってからまた買おうと思い売却ボタンを押すということは、「自分は相場の大底(最安値)を正確に当てることができる」というギャンブルに手を出したことと同義です。
実際には、売った後にさらに暴落すれば「もっと下がるはずだ」と怯えて買えず、逆に急回復すれば「高くなってしまった、また下がるのを待とう」と意地になり、結局二度と市場に戻れずに資本主義のプラスサムの成長から永遠に脱落することになります。
3. 暴落を待ってから始めるべきではない
すでに始めている人だけでなく、これから始めようとする初心者も同じように「タイミングの予想」という罠にハマります。
「今は株価が高すぎる。次の暴落が来て、安くなってから始めよう」という考え方です。
一見賢い戦略に思えますが、歴史がこれを否定しています。
【事実】暴落後の「底値」は、今の「高値」よりも高い可能性がある
例えば日経平均株価は、コロナショックの大底(約16,000円)から急回復し、28,000円前後を推移しました。この時、「上がりすぎた。次のショックが来るまで待とう」と現金を握りしめていた人はどうなったでしょうか。
その後、相場はさらに上昇し、植田ショックや令和のブラックマンデー、そして中東情勢悪化による暴落が実際に起きました。しかし、どれほど大暴落が起きても、28,000円付近で買えるチャンスは二度と訪れませんでした。
つまり、過去の株価と比べて今の株価は高いと感じるかもしれませんが、20年後に振り返れば今の株価がとても安い水準である可能性が高いのです。
「いつ下がるか」を予想して待つ時間は、第2話で解説した複利のエネルギー源である「時間」をドブに捨てているのと同じです。最善のタイミングは「暴落した後」ではなく、常に「今すぐ」であり、時間の暴力を最大限に味方につけることこそが唯一の正解なのです。
4. 退場しないための「心の準備」と合理的な選択
暴落時に恐怖に飲み込まれ、損をしたまま市場から退場しないために、私たちは以下の2つの事実をあらかじめ受け入れておく必要があります。
① 資産が減る(含み損になる)時期が訪れる可能性がある
相場が暴落すれば、これまで積み上げてきた利益が吹き飛び、口座残高が真っ赤なマイナス(含み損)になることは起こり得ます。これはシステムのエラーでもあなたの失敗でもなく、長期投資における「正常なプロセス」です。「いつか必ず資産が減る時期が来る」と最初から心の準備をしておくことが、パニック売りの予防策になります。
② 暴落は「株を大量に集める最大のチャンス」である
何度も繰り返しますが、毎月定額で買い続けるシステムにおいて、株価の大暴落はピンチではありません。「同じ積立金額で、普段より多くの株(口数)を安く大量に仕込める絶好のバーゲンセール」です。この暴落時に恐怖に耐え、安く大量に集めた株こそが、数年後に相場が回復した際、爆発的な利益を生み出すエンジンになります。
したがって、暴落時の最適解は「売る」ことでも「積立を止める」ことでもありません。
「感情を無視し、これまでと全く同じように、ただ淡々と機械的に毎月定額を買い続けること」です。
5. 補足:資産配分の考え方
本講座では、株への積立投資を解説してきました。最後に、資産配分について、投資の世界で一般的に言われているセオリーと事実を補足しておきます。
【伝統的なセオリー】
投資の世界では古くから、「自分の年齢=安全資産(債券や預金)の割合にする」や、「株60%・債券40%の黄金比」が良いとされてきました。これは、株が暴落した時に債券が値上がりしやすく、資産全体の目減りを防ぐクッションの役割を果たしてくれるからです。
【現代の積立投資の主流】
一方で、20年〜30年という長期の「資産形成(増やす)フェーズ」においては、別の事実が注目されています。「債券や他の資産を混ぜると、その分だけ複利の成長スピードが確実に落ちる」ということです。
そのため現在では、「株100%+現金」という組み合わせが最適解であるとする声が主流になりつつあります。この「株100%+現金」という戦略は、山崎元氏(日本の代表的な経済評論家)が提唱した戦略で、近年のインデックス投資家の間で非常に強く支持されている合理的な手法です。
投資は絶対に生活を脅かさない「余剰資金」で行うこと。この現金のクッション(生活防衛資金)をあらかじめ確保しておくことこそが、暴落時にパニック売りを防ぐ最大の精神安定剤になります。
おわりに:長期投資の哲学「設定して、忘れる」
相場を予想して利益を狙いに行く短期トレード(労働資本)と、世界経済の成長に資金を置いておく長期積立投資(金融資本)は、まったく別の競技です。
この積立投資のシステムにおいて、あなたがチャートを毎日確認し、経済ニュースに一喜一憂し、上がった下がったと頭を悩ませることは、何一つプラスの価値を生み出しません。人間の感情が介入する隙を与えれば与えるほど、設定した完璧なシステムは崩壊の危機に晒されます。
【長期投資の最終哲学】
「正しい仕組みを設定したら、あとは証券口座の存在を忘れる」
証券会社のアプリはスマートフォンの見えないフォルダの奥底に隠してしまいましょう。どうしても気になってしまうなら、アプリ自体を削除しても構いません(毎月の自動積立は裏で動き続けます)。
あなたが本来時間とエネルギーを注ぐべきなのは、日々の本業や大切な家族との時間です。
資産形成はシステムに完全に任せ、あなた自身の人生という最大の資産を豊かにすることに集中してください。
全7回の「資産形成・積立投資講座」に最後までお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。貴重な時間を割いてここまで読み進めていただいたこと、筆者としてこれ以上嬉しいことはありません。
本講座でお伝えした事実とロジックが、あなたのこれからの資産形成への取り組みにおいて、少しでも良い方向に作用し、力強い道標となることを心から願っています。時間を味方につけたあなたの投資ライフが、10年後、20年後に素晴らしい結果をもたらすよう応援しています。最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
