第5話:すべての原点「ダウ理論」(トレンドの定義と3つの波)
第4話までは、ローソク足、水平線とトレンドライン、そしてチャートパターンという「局所的な形状」について学びました。
第5話となる今回は、それらすべてのテクニカル分析の生みの親であり、相場の「全体構造」を定義する絶対的な基盤理論、「ダウ理論(Dow Theory)」を解説します。19世紀末にチャールズ・ダウが提唱したこの理論は、100年以上経った現代のシステムトレードにおいても全く色褪せることなく機能している、相場における「万有引力の法則」のようなものです。
ダウ理論を構成する「6つの基本原則」
ダウ理論は、以下の6つの厳密な原則から成り立っています。1つずつ順番に、教科書通りの定義を確認していきましょう。
原則1:価格はすべての事象を織り込む
経済指標、企業の業績、自然災害、要人の発言、そして世界中の投資家の予測や感情に至るまで、市場に影響を与えるあらゆる情報は、瞬時に需要と供給のバランスに反映され、現在の「価格」としてチャート上に現れるという原則です。
つまり、「ファンダメンタルズ(経済的要因)の分析は不要であり、価格の動き(チャート)だけを分析すれば未来の傾向は掴める」という、テクニカル分析の存在意義そのものを定義した重要な前提です。
原則2:トレンドには「3つの波(種類)」がある
相場の波は一直線には進まず、マトリョーシカ(入れ子構造)のように、期間の異なる3つのトレンドが重なり合って形成されています。
- ① 主要トレンド(Primary Trend): 1年から数年間続く、相場の最も大きな方向性です。
- ② 二次トレンド(Secondary Trend): 3週間から数ヶ月続く、主要トレンドに対する「逆行(調整)」の波です。主要トレンドの進行に対して1/3から2/3程度戻すのが一般的です。
- ③ 小トレンド(Minor Trend): 3週間未満(数日単位)の短期的な波です。二次トレンドをさらに細かく分解したものです。
テクニカル分析では、現在自分が見ている波が「どの次元のトレンドなのか」を俯瞰的に把握することが必須とされます。
原則3:主要トレンドは「3つの段階(フェーズ)」からなる
1つの巨大なトレンド(主要トレンド)は、投資家の行動心理学に基づいて、初期・中期・末期の3つのフェーズで構成されます。
- 先行期(Accumulation Phase): 市場全体が悲観に包まれている大底の時期に、一部の機関投資家やプロ(スマートマネー)が密かに買い集め(底値拾い)を行う段階です。価格はまだ大きく動きません。
- 追随期(Public Participation Phase): 価格の上昇が顕著になり、トレンドに従う一般のテクニカルトレーダーが続々と買い注文を入れ始める段階です。最も値幅が伸び、利益を出しやすい期間です。
- 利食い期(Distribution Phase): 経済ニュースなどで好材料が連日報じられ、初心者の一般大衆までもが「まだまだ上がる」と熱狂して買い群がる段階です。この時、先行期で買っていたプロたちは、大衆の買い注文にぶつける形で利益確定の売り(売り抜け)を行っており、やがてトレンドは終焉を迎えます。
原則4:平均は相互に確認されなければならない
チャールズ・ダウは「工業株価平均」と「鉄道株価平均」という2つの指標を用いて相場を分析しました。「工場で作られた製品が本当に売れているなら、それを運ぶ鉄道の業績(株価)も自ずと上昇するはずだ」という実体経済の論理に基づき、関連する複数の指標やセクターが同じ方向を示して初めて、本物のトレンドとして確認できるという原則です。
【現代の株式相場における解釈(実需の連動)】
日経平均とTOPIXのような市場全体(マクロ)の比較も基本ですが、ダウの本来の思考プロセスを現代の個別株セクターに当てはめると、より実践的な「相関関係」が見えてきます。
- EC(ネット通販)と陸運(宅配業): ネット通販関連の株価が「大ブームだ」と急騰している時、もし本当にモノが売れまくっているなら、商品を運ぶ陸運(宅配)セクターの株価も連動して上昇するはずです。EC側だけが過熱している場合、一時的な期待感だけで買われているダマシ(相互に確認されていない状態)である可能性が高まります。
- 半導体製造装置と最終製品(自動車・電子機器など): 「現代の産業の米」である半導体を作るメーカーの株価が絶好調でも、それを組み込んで製品化する企業の株価が低迷しているなら、「作ってはいるが、実は最終的な消費には繋がっていない(在庫が積み上がっているだけ)」という警戒シグナルになります。
このように、表面的な一つの価格上昇を鵜呑みにせず、「それが事実なら、あっちも上がらないとおかしい」という論理的な裏付け(相互確認)をとるのが、ダウ理論における教科書的なアプローチです。
原則5:トレンドは「出来高(ボリューム)」でも確認されなければならない
本物のトレンドが発生している時、トレンドと同じ方向に動くとき(上昇トレンドなら上昇波)には出来高が増加し、逆行するとき(調整の下落波)には出来高が減少するという原則です。価格が上昇しているのに出来高が減少している場合、それは買い手の大半が市場から去りつつあることを意味し、トレンド転換が近いシグナルとなります。
原則6:トレンドは「明確な転換シグナル」が発生するまで継続する(最重要)
現代のテクニカル分析において、最も重要かつすべての土台となる原則がこれです。
ダウ理論における「上昇・下降トレンドの定義」と、目線(買いか売りか)を決定する基準となる「押し安値・戻り高値」のルールを確認してください。
- 上昇トレンドの定義: 連続する「高値」と「安値」の両方が、それぞれ直前の高値・安値を切り上げ続けている状態を指します。
- 下降トレンドの定義: 連続する「高値」と「安値」の両方が、それぞれ直前の高値・安値を切り下げ続けている状態を指します。
【最重要ライン:押し安値と戻り高値】
相場において、自分が「買い」と「売り」のどちらを狙うべきか(目線)を決めるための基準となるのが、以下の2つのラインです。
【最重要ライン:押し安値と戻り高値】
相場において、自分が「買い」と「売り」のどちらを狙うべきか(目線)を決めるための基準となるのが、以下の2つのラインです。
- 押し安値(上昇トレンド時): 上昇トレンドにおいて、直近の「最高値」を更新する起点となった安値のこと。単なる一時的な下落(調整)の最下点ではなく、「その安値を付けた後に価格が上昇し、それまでの直近高値を明確に上抜けて新しい最高値を形成した」という事実をもって初めて確定します。高値を更新できなかった過程の安値は認定されません。このラインを下抜けない限り、目線は「買い(上昇トレンド継続中)」で固定します。
- 戻り高値(下降トレンド時): 下降トレンドにおいて、直近の「最安値」を更新する起点となった高値のこと。単なる一時的な上昇(戻り)の最上点ではなく、「その高値を付けた後に価格が下落し、それまでの直近安値を明確に下抜けて新しい最安値を形成した」という事実をもって初めて確定します。安値を更新できなかった過程の高値は認定されません。このラインを上抜けない限り、目線は「売り(下降トレンド継続中)」で固定します。
【明確な転換シグナルとは】
上記の定義に基づき、上昇トレンドにおいて「最後の押し安値を下に明確にブレイクした瞬間」(図のオレンジ色の丸の部分)、または下降トレンドにおいて「最後の戻り高値を上に明確にブレイクした瞬間」に、これまでのトレンドは崩壊し、目線が切り替わる「転換シグナル」が点灯したと定義されます。
相場においては「上がりすぎたからそろそろ下がるだろう」という個人の予測は通用しません。ダウ理論に基づき、押し安値・戻り高値の壁が崩れる(明確な転換シグナルが出る)までは、現在のトレンドは継続するものとして機械的に従うのが教科書的な鉄則です。
おわりに:すべての分析はダウ理論の上に成り立つ
ダウ理論の6つの原則を網羅しました。
第2話で学んだ「トレンドライン」の引き方も、第3話で学んだ「ヘッド&ショルダー(三尊)」などのチャートパターンも、すべてはダウ理論の第6原則である「高値と安値の切り上げ・切り下げの崩壊」を視覚化し、応用したものに過ぎません。あらゆるテクニカル手法の根底には、必ずダウ理論が存在しています。
相場の「構造(トレンド)」を定義できるようになったところで、次回、第6話ではさらに深淵へと進みます。相場を裏で操る大口投資家(スマートマネー)の意図を読み解く、「ワイコフ理論」について解説します。お楽しみに!
